今回は、カメハメハ4世の妃でもあり、ハワイの医療に尽力したエマ女王のお話をいたします。
エマはカメハメハ大王の王室顧問でもあった、ジョン・ヤングの孫娘にあたり、カメハメハ大王の血を引く一族でもありました。
夫婦の間には、英国のビクトリア女王が名付け親に成ったアルバート王子が誕生致しましたが、1862年に風邪をこじらせて4歳3ヶ月で亡くなってしまいます。
当時、西洋から人が大量に流入してきたため、インフルエンザやハンセン病などの病気によって多くのハワイアンが犠牲になっていました。
カメハメハ4世とエマ女王は、自らの子を亡くした悲しみから、激減したハワイアンの人口をこれ以上減らさないため、ハワイの医療と教育システムの構築に尽力したのです。
しかし、夫のカメハメハ4世も次第に体調を崩し、結核によって29歳の若さで亡くなってしまいました。1863年のことです。
エマ女王は夫の遺体が安置されたヌウアヌの王家の霊廟の側でで2週間、キャンプ生活を送ったと言われています。
カメハメハ4世とエマ女王は、二人で、独自で資金を集め、現在も先進的な病院として知られるクイーンズ病院を建設したり、マウイ島にハンセン病の医療施設を建設するなど、今の医療の礎を築いた人なのです。